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いくつになっても。

72歳の母が、12時間にも及ぶ手術を
無事に終えました。

12時間も執刀する医師はどんだけ集中力がもつねん!って
感謝と尊敬でいっぱいです。

家族控え室で待ってた私たちは
居眠りしたり、ご飯食べたり、雑誌読んだり・・
不謹慎だったなぁ。

手術の必要はないと言われながら
本人の希望で手術になったんですが
日に日に足が動かなくなってた様で、
医師が驚くほど急激に悪くなって、結局は手術は必要だったのかも。

背骨の中の骨髄の中には髄液があって、その中に脊髄が通ってるんだけども
なぜか水がたまってその脊髄を圧迫して、足の神経が効かなくなってたらしいです。

模型を見せられながら説明聞きましたが
難しかったです。

入院してから母に献身的に尽くす父。

もともと父は優しさの塊のような人で
誰よりも母に甘く、子煩悩ないい父です。
私たち姉妹はそんな父が基準なので、
結婚しても父のようでない人を「基準以下」と判断してしまうわけですが
母自身も「あんな人はいない。」と言ってます。

そう言いながら、母はいつも父に文句ばかり。愚痴ばかりでした。
入院してから毎日病院へ行き
汚れた物を持って帰り、洗濯して「クリーニング屋か!」というぐらいに
綺麗にたたまれた洗濯ものを届けています。

爪切りをもってこい、薬をもってこい、と
言われては、持って行き
「これじゃない。」「これはいらない。」と冷たく言われて
よくキレないなぁ・・と思います。

そんな母ですが、手術のあと
ICUのベッドの上で、父に「ありがとう」と言ってました。
(やっと言ったか!)て感じ。
父は「ようがんばったな。」だけ。夫婦だわね~・・



病院から帰りのバスが終わる時間が早いので
たまには父を迎えに行きがてら、お見舞いしようと
昨日病院へ行くと、せっかちな父は待ってられず帰ったあとでした。
(待っとけ、と言ったのに。)

手術の翌日、ICUから一般個室へ移されてからの昼食も
起き上がれず食べれなかったらしいです。
看護師さんが食べさせてあげましょうか?と言ったけど
きっと父が来てくれると思い、

「主人がくると思うので」と断り待っていたらしい。

でも超まじめな父は、「面会時間 午後3時から午後8時」を守り
来なかったそうです。

ホントは、手術あとだし、家族は朝から介助に行ってもよかったらしいです。

お昼ごはんは手つかずで下げられ、その後で来た父に
きっと文句言ったんでしょうね。

夜ごはんは食べさせてもらったとか。

トイレにも行けないので、ベッドわきに簡易トイレが置かれています。

「今日はここでウン○して、拭いてもらってん・・」

臭うと思うから、部屋の外へ出るように言ったら

「かまわん。」と部屋に残った父。

足が動かなくて、かがめないので拭けずにいると
拭いてくれたそうです。

「ええの・・?」
「ええよ。」
「すんませんなぁ・・」

母は、「こんなことまでしてもらって、どうやって返して行こうかしら」
とか言ってましたが、完全のろけです。

手術前後が思っていた以上に辛かったので
再発してももう二度と手術はしないと言ってました。

「この年まで生かせてもらったし、贅沢いわずに
 たとえ車イスになっても我慢する。」と言ってました。

やはり、母にはこの手術は必要だったのかもしれません。

父の存在のありがたさもわかったようだし
感謝の気持ちも持てたようだし。

母はチョーおせっかいで世話好きな人で
近所の人や友達の介護をよくしていました。
シモの世話も、全然厭わずにやる人ですが

してもらう側になってみて、相手の人が
どれだけ感謝していたか、
でもやっぱりどれだけ恥ずかしく情けなかったか、

そういうこともわかったと思います。

母のおせっかいは押しつけのことも多いし
やりすぎも多い。

そんなことも、わかったかな~・・



72歳になってから、1つ進化した母でした。


で、今は大好きなSMAP(キムタクのおっかけ)のライブに行くことが
楽しみのようです。

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