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寿命

舅が何度目かの入院をしています。
前回は逃げ出そうとして、受け入れ拒否となったのですが
今回はもう逃げる力もないようです。

家にいるときに、痰がからんで息ができないと苦しがって
翌日の透析のときに、そのまま即入院となりました。

様子を見に行った夫が「今度はいよいよかな。」というので
私も昨日、お見舞いに行きました。

枕から頭が落ちたままで、口を大きく開きハァハァと息をしています。
寝ているのかなと思ったら、ときどき眼が開いてたので
声をかけると、弱弱しく「ああ・・」とだけ答えました。

どうやら私をたった1人の孫である義娘ちゃんと間違えてるらしく
「学校は?」とか「アルバイトは?」とか聞いてきます。

起き上ろうともせず、足をさすってほしいというので
靴下を脱がせて、足の裏をさすってあげると

「気持ちいいなぁ・・・」と何度も言ってました。

やっぱり孫と思ってるらしく

「おばあちゃんは?どこにおる?」とか聞いてましたが

「いてないよ~」とだけ答えて、黙ってさすっていました。


前回の入院のときまでは、わがままばかりで
病院へ行っても「く●じじい!」とか思うほどでしたが

今回の姿を見てしまうと、そんな思いは出ません。

足をさすりながら、「どうか早くおとうさんが楽になりますように」と祈りました。


トイレに行きたいと、ようやく体を起こしたときに

「あれ。A子と思ったらnsoちゃんやったか。ハハ・・目も見えんなぁ・・」

と笑っていました。


「明日、なんか食べたい物とか買ってこよか?」というと

「いや・・なんもいらん・・ほんまになぁ・・ようしてもろた。ありがとうな・・」


そう言ってまたベッドに横になりました。


身近な老人というと、私には母方の祖母しかいませんでしたが
その祖母は朝起きたら亡くなっていた、という誰もがうらやましがる最期で
病気もなく、入院することもなく1人で亡くなったので
こうして入院し、よわっていく姿を見るのは初めてです。

自ら命を落とす人

事故であっけなく亡くなる人

いろいろな最期があるけれど、舅のように体は骨と皮だけになっても
息をするのも辛い、食べることもできないという状態になっても
それでも生かされる人もいるんだなぁ・・とつくづく思います。



そんなことを考えて家に帰ると
マヤ暦ダイアリーが届いていて、その中のメッセージに

「今年は命について考える年になりそうです」と書かれているのが目に入った。


はい、考えてます。(マヤ暦の1年は10/31から。舅が入院したのは11/1でした)


舅だけでなく、認知症となり自分がわからなくなっても生きなければいけない姑。

年はとったけど、二人で生きている両親。


生きるって、長生きって・・そんなことを最近考えてます。





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